2006年 08月 21日

スーパーマン・リターンズ観たよ

残暑お見舞い申し上げます。
またしても長らくご無沙汰しておりまして・・・ポリポリ。
皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。

私の身辺は、祖母の新盆が終わりようやく落ち着きました。
いやあ、山形は遠い・・・そして何もない・・・今後は一年に一回も行けば十分過ぎるわ。

私は生まれも育ちも川崎っ子、田舎に行くと持て余してしまうのです。
いい所だけどね。

私の周りでは出産ラッシュ。あやかりたい。
こんなに暑い日が続くなか”湯たんぽ”状態で、きっと大変だよね。
っていうかただでさえ寝苦しいのに、
産まれて家に帰ってからのほうが授乳で眠れないかな。

勤務期間以外なら大丈夫だから、子守のお手伝いはいつでも頼まれるわよ~。
頑張って、元気な子を産んでください。
そんで、産まれたらすぐ知らせてね!


--------------------------------------------------------------------------------
今日はダーと、
スーパーマン→ショッピング→”彦助”のラーメン→サーティーワンの雪だるま→昼寝と、
少し贅沢な一日を過ごしました。
何が贅沢って、平日の昼間に動けて、昼寝までできるというのは、本当に贅沢なことですね。

歳を重ねるにつれ、人ごみが本当に苦手になってしまった私たち。
この前も横浜の例の「ハワイイ・フェス」に行ったけど、もう耐えがたかったし。

まだ公開したばかりの「スーパーマン」なので、客席にけっこうギッシリと人が座っていて、
何だかそれだけでも圧迫感がありました。

さて、内容ですが。
まだ公開したばかりなので、あまりネタバレしないように気をつけねば。
a0028740_22325378.jpg

やっぱり容姿のダサさは少し気になったけど
(だって未だにピチピチ赤パンだよ?!そんで、額にくるっと一つ、巻き毛だよ?)、
昔のスーパーマン人気ゆえの制約がいろいろあっただろうに、主役の彼はよく頑張ったと思う!

従来のイメージを壊さず、でも人間的な悲哀や恋愛の葛藤やらを、
やり過ぎない程度にうまく表現していました。

これは、彼の演技力や存在感というより、脚本が良かったのかもしれないけど。
正義の味方の宇宙人が、あまり饒舌なのも困っちゃうもんね。

ロイス・レインも、今までよりハッキリとした知性や行動力が感じられて、とっても良かった。
なんかこう・・・
本当に優秀な記者なのか、偶然愛されたから他の記者より有利なだけじゃないのか、
美人だということ以外の彼女の魅力はどこにあるのか、
みたいなところがありませんでした?

今までの女優さんのファンだった方はごめんなさい。
今回は、オーリーの彼女、ブルー・クラッシュの主人公のあのコです。
こんな魅力的な彼女なら、現代に生きるスーパーマンもやっぱり理由なく惚れちゃうのか!
という説得力。

クラークに捨てられた、と思ってたロイスが選んだ今のボーイフレンドは、
X-MENのサイクロプスを演じてた彼。

こんなときあのチカラが使えたら、スーパーマンなんて・・・
やっぱりやっつけられないかな。
成層圏も一っ飛びする方だし、
マグマにだって突入しちゃう(・・っとネタが!失礼!)男には敵わないよね。
しょせんサイクロプスは生身だもの。

そんなことはおいといて、すっごく良い人だったけど。
子供のためには、優しい彼との安定した生活を選んでもいいんじゃないかしら。

悪役の二人はさすがの貫禄でした。
冷酷だけどちょっと抜けてる悪って難しい。
悪役って、どこか愛せる部分がないと魅力がないですよね。
150分、彼らのおかげで飽きないです。

最後に、ダーの素朴な疑問。
スーパーマンのコスチュームって、何で出来てるの?
あれだけの環境に耐えられるのに、地球の普通のお医者さんにビリっと裂かれてたよ?

そして、私の素朴な疑問。
毎回テキトーにクラークの衣服は脱ぎ捨てられてるけど、
あれエレベーターのあんなトコで脱いだら、ワイヤーに絡まったりして事故起こすんじゃない?

あ、そしたら彼に助けてもらえるからいいのか。
[PR]

# by umeyakko5656285 | 2006-08-21 22:43 | entertainmentのこと
2006年 06月 24日

祖母が亡くなって

間もなく四十九日になります

私自身もいったんは実家に引っ越したのに、諸事情で元の住まいに戻ってきたので
(もちろんダーも梅も一緒ですよ)、
まだ荷解きも十分でないし
祖母の葬儀後の諸手続を母の代わりに行ったりもしていてヘトヘトしていますが
少し落ち着いてきました

今日やっと、インターネットが使えるようになったのですよ
長らくご無沙汰して、ご心配下さった方々には申し訳ありませんでした
そらコウちゃんも、コメント本当にありがとう
mahalo nui loa♡


--------------------------------------------------------------------------------------------


やはり数回受けた透析は、一時的に祖母の意識をハッキリさせました
筋道の通った会話をしたり家族の顔や名前を思い出したりは出来なかったものの、
家に帰りたいだとか、帰って何をしたいだとかいう欲求を周囲に訴え、
少し機嫌のいいときには歌を歌って
生きる意欲というものを見せてくれました

母などは「奇跡的に回復するんじゃないかしら?」と喜んでしまうほどで、
その生命力には本当に感動しました


しかし、せっかく透析でキレイになった血液が、上手く体に入っていかず
これ以上は体に負担がかかるばかりで可哀想だということで、治療を諦めざるを得ませんでした

結果的に弱った体に追い討ちをかけるようなことをしてしまったかもしれないけれど、
祖母が会いたいであろう人たちとお別れをし葬儀の手配をするだけの時間と、
今後私たち遺族が悔いなく生きていけるための「手は尽くした」という満足感とを、
祖母は残してくれました

さらに言えば、
退院後に入れる施設を見つけられずに頭を抱え、
「医師が何と言おうが自宅で介護をする」という根性も持てなかった、
薄情な私たちのためであるかのように
あまり長く患うことなく
最期は土曜の早朝にひっそりと、誰にも看取られずに逝ってしまいました




私は幼い頃から、なぜかこの祖母が好きになれませんでした
若いときからハッキリした人だったらしく、
今思えば私は子供心にも彼女の激しい部分を感じとっていたようで、
例えどんなに良くしてもらっても、反りが合わないというか、とにかく苦手でした
亡くなった人を悪く言って申し訳ないけれど、それが真実です

長く田舎で一人暮らしをさせてしまったこともあって
特に晩年は、すっかり無知で偏屈でケチな人になってしまい、
親戚やご近所に疎まれるようなこともあったらしいです

コツコツと溜めた血肉のような財産を、少しずついろんな人に騙され奪われ
それでも片意地を張って生きてきた、この祖母

昔ながらの子沢山な家庭に、大勢いる兄妹の下から2番目に生まれ、
経済的な理由から
上の兄妹のようには十分な教育を受けさせてもらえずに早くから働き、
嫁ぎ先では夫の弟妹を学校に通わせるためにまた働き、
夫が亡くなってからは
自分の食い扶持と一人娘の生活の援助のために働き・・・

亡くなった病室で死に化粧を施しながら、
この人は、
娘と暮らすようになった最期の数年こそ比較的静かに過ごせたかもしれないけれど、
人並みの小さな幸せを楽しんだ時期が果たしてあったのだろうか、と母と話していたら
哀れに思えて涙がとまりませんでした

観劇や旅行をするとか、趣味のために思い切った買い物をするとか、身なりに気を遣うとか、
例えばもっとささやかなこと、家族との会話を楽しむとか、
生活のなかの温かい部分をあまり求めなかった人だったのですが、
そうしたことに上手く導いて上げなかったのは、私たち家族の大きな失敗なのかも

亡くなってから、
あの頃にああしてあげていれば、などと言うのは欺瞞ですよね

でも静かになった祖母を前にしたら、
やっと彼女の強いアクもきれいに私の中から抜けて、
あまり多くはないけれど
楽しかったことや可愛らしく感じた面を思い返すことができ
肉親にのみ抱きえる情が心に沸き起こるのを感じました


それにしても、
彼女は私が仕事でお世話をしていたある上司と同じ歳だったのに・・・

片や、この祖母のような人生

片や、有名な私大を卒業し上場企業のトップまで登りつめて国内外で辣腕を揮い、
各団体でも要職を務め、
引退後は趣味のゴルフを楽しみ、知識欲も衰えを知らず、幾つかの大学で講義を受け・・・

生まれ育った環境や性別や時代背景で、こんなにも生き方が違うとは、皮肉なものです

祖母には、この世に未練や邪念を残すことなく、穏やかに眠って欲しいと祈るばかりです

誰かと比較する必要も
瑣末なことに苛ついて人を傷つける必要も
意地を張って孤独に甘んじる必要も
僅かな預金をまた誰かに奪われるのではないかと猜疑心をもつ必要も
最早ないのだから

そして、もし生まれ変わることができるなら
もっと自由に生きやすい時代に生まれて、自分のための人生を楽しんで欲しいと願います
[PR]

# by umeyakko5656285 | 2006-06-24 01:44 | 徒然のこと
2006年 05月 11日

祖母

先週末から急激に容態が悪くなり、転院しました。
このまま手をこまねいていても腎不全が改善しそうになく、
尿毒症になりかかっているし
血液が作れない状態が続いているため
一か八か透析をしてみようということになったのです。

透析自体が、高齢で現在体力の落ちている祖母には危険かもしれない。
できても、一時的にしか改善しないかもしれない。
いつ急変するか分からないので
いつでも連絡がつくようにしておいて下さい、と言われました。

透析をするための管を繋いでいる箇所から昨夜出血があったそうで、
今日は入院以来何度目かの輸血をすることになりました。

祖母は、まだ負けずに闘っています。
後は、本人の生きようという気力と運次第です。
[PR]

# by umeyakko5656285 | 2006-05-11 16:39 | 徒然のこと
2006年 05月 06日

今日はマジメな話

昨年ブログをお休みした時期は、いつもご覧頂いていた方々にはたいへんご心配をおかけしました。
いろいろなことが重なって、すべてのことに対処しきれなくなっていたのですが
そのうちの一つに、母方の祖母の認知症発症というのがありました。

ずっと様子を見てきたものの、家族だけでは対応しきれなくなり、
先月に介護認定の申請を出し、認定委員の面接を受けた直後に
腎機能の低下で入院したのがきっかけで、症状が一気に進んでしまいました。


私の母は私と同じく兄弟がいません。
東北の小都市から結婚後に上京したので、
特に、祖父が交通事故で亡くなって以来の約30年は母親を気遣ってきましたが
祖母は煩わしいことを嫌い、一人気儘に暮らしてきました。

7年前に母は、祖母が土いじりができるよう庭付きの家を購入し、
あらためて祖母を呼び寄せました。
それから間もなく私は結婚して実家を離れたので、ここ数年は祖母と母とで暮らしていたのです。

母はまだ定年まで間があるので、どちらで何かあっても私が動けるよう、
私たち夫婦はこの数年は両方の実家から車で15分以内の所に住んできたのですが
その「何か」が予想より早く現実になってしまいました。


今、祖母は病院のベッドに文字通り拘束されながら、
約50年前の時の流れの中に過ごしているようです。
家族や医療関係者を、若い頃に見知っていた親戚や知人と思い込んでいます。

常に幻影を見ており、私の幼い頃や母の若い姿も見られるため寂しくはない様子ですが
入院当初は拘束を解いて暴れたり徘徊したり、
点滴や輸血の針を抜いては辺りを血だらけにしたり、
ずいぶん看護士さんたちにご迷惑をおかけしていました。
今は環境に慣れてしまったらしくだいぶ大人しくなり、何だか可哀想になる日もあります。


この数週間、様々な人と様々な話をしてきて実感したのは、
今の日本は、介護においては、お金と時間がある家族を持たない人は、
どこかで他の家族の生活を犠牲にしなければ、助けを求めることすら難しい、ということです。

祖母の場合、①認知症がある②(軽度でも)持病がある③寝たきりでない、という事実に加え、
私の実家の場合、
④自宅で付きっきりで介護する人間がいない⑤経済的に余裕がない、という複合的条件がつくため
入れる施設や介助を頼める方を探すのが非常に難しいのだそうです。

例えば、「認知症があっても寝たきりでさえあれば手がかからない」ので
比較的安価で入居できる施設がある、ってことなんですって・・・。
シロウトの母と私は「寝たきりでさえあれば」に思わず絶句し、涙が出そうになりました。
でもこれが、現実です。

「寝たきりでない認知症」の老人は、
15~20万円/月の施設(もちろん医療費やら雑費は別)に入る順番を待つために
20万円以上/月の施設を3ヶ月単位で転々としなければならない、というのが現実なんです。
それも、来月結果が出る、介護認定が比較的重度のほうに認定されればの話です。

先の見えない話だからなるべく深刻にならぬよう、小さなことは笑い飛ばして過ごしてきましたが
母が心労と病院通いでゲッソリやつれてしまい、さすがに心配になってきました。

いろいろ相談した結果、私たち夫婦は急遽、今月半ばに私の実家に引っ越すことにしました。
母の家事の負担をなくし、また
祖母の施設入居費用の一部に私たちの従来の家賃分を充てて、生活を維持するためです。


一方、我が家族のことですが、
梅は、居候を決め込んだだけで私たちに飼われてるつもりはないだろうし
人間側のエゴには違いないけれど、もちろん連れて行きます。
前の飼い主の転居先から何キロも離れてるのに脱走してまで戻った、
生まれ育って慣れ親しんだ、この自然に恵まれた土地から、無理に引き離さなければなりません。

前に無傷で帰ったのが奇跡だっただけで、今度万が一逃げてしまったら、
とてもじゃないけど、野生の勘や幸運だけを頼みに帰って来られるような距離じゃない。
事故を防ぐためにも完全室内飼いにしなければなりません。

私は多少慣れている実家に行くのだからいいけれど、
ダーも梅も、さぞかしストレスが溜まるでしょう。本当に気の毒です。
特に梅は喋れないのだし、チワワのいる家に行くのだから、いろいろケアしてあげなければ。


祖母の入院以来、私も毎日のように病院に通っていて若干の疲れは否めないものの、
この数週間はブログ投稿やロムがいいストレス解消になっていましたが
そろそろ引越し準備も大詰めです。

今後暫くは、少し間隔が空いたりグチが多くなったりするかもしれませんが
どうぞ温かく見守って下さいませ。
[PR]

# by umeyakko5656285 | 2006-05-06 03:30 | 徒然のこと
2006年 05月 01日

アネライカラニのライブ

舞浜のイクスピアリにて「アロハ・フロム・ハワイ」というイベントが行われているので
そのメインイベントのアネライカラニのライブに行ってきましたよ~。

激シブなスラック・キーのおじさまを始め
なんだかファミリー経営みたいなホンワカ加減のバックバンドも、マイカイ!な感じでしたが、
アネライカラニ嬢は噂に違わず力強く伸びのある歌声で、時おり利かせるファルセットも透明感に溢れていて
最高でした。

ライブ中の1曲「My Yellow Ginger Lei」では
元ミス・ティーン・ハワイで元ミス・アイランド・オアフのリアナ・グリーン嬢がフラを披露。
a0028740_1253797.jpg

さっきちょいと調べてみたら、
最近はカラパナのボーカルの方のバックダンサーとしてよく来日しているようです。
今回は1曲だけなのが残念だったけれど、
天使の歌声と相まって、舞浜でなくクヒオかどこかにいるかのような気持ちにさせてくれました。
たぶん、前列のほうのオジサマの中には何人か、美しい笑顔や優雅な仕草にとろけちゃった人がいたはずです。


アネライカラニはCDよりもライブが圧倒的に上手い!
まだまだノドを力で押しちゃっているところもあるようだけれど、さすがは6年のキャリアを持つ彼女。
ブルースを歌ったり、歌いながらフラのハンドモーションを織り交ぜたり、と見せ方もなかなかです。
今年もナ・ホクにノミネートされたらしいですが、受賞するかどうかはおいといて、
これからもっともっとビッグになるであろう、期待の若手であることは間違いありません。
というわけで、新星堂協賛のCD販売&サイン会に引き続き参加。
アネライカラニ&リアナのサインをゲットしました。
a0028740_1321831.jpg



アネライカラニはまだ18歳、現役女子高生だそうです!
ハワイアンらしく貫禄たっぷりな可愛らしいママがステージ正面にいて、娘を応援してました。
リアナは昨年まで大学生だった23歳。
少し喋ったら、アネライカラニは無邪気なティーンエイジャーのようでいながら客捌きも手馴れた感じ、
リアナはお客さんからの踊りを褒め称える声に終始はにかんだような笑顔で、思慮深く話を聞いてました。
ほら、こんなに二人とも可愛いの♡
a0028740_1365522.jpg



私は銀行勤めの身、明日は残念ながら仕事ですが
お休みの皆様、彼女たちのライブは明日までなのでぜひ観に行って下さい。舞浜まで足を伸ばす価値はありますよ!
他にも、ハワイアン雑貨や衣類を扱うマーケットや、ミニステージでのフラショーもありますのでっ!
それに、「クアアイナ」もありますのでっ!!!
a0028740_152180.jpg

[PR]

# by umeyakko5656285 | 2006-05-01 01:54 | hawaiiのこと